収益会計基準施行によって,無料サービスはなくなっていくのではないか

収益

現在,多くの企業は,この10月に消費税率が8%から10%に増税されることに向けた対応に追われています。年度が変わってから値上げの話も少しずつ出てきていますね。

さて,この消費増税への対応が一段落したら,次は 企業会計基準第29号「収益に関する会計基準」(以下,「収益基準」とします)への対応が,企業の会計部門にとって大きな問題になってくるでしょう。この会計基準は,売上という企業にとって欠かすことのできないものを対象とするものなので,どの企業も無視することができないのです。

「収益基準」は, 2021年4月1日以降に開始する事業年度からすべての企業に強制適用 となります。企業に与えられた準備期間は,残り2年を切っています。

「収益基準」の概要

収益認識のプロセス

収益基準では,次の5つのプロセスによって収益を認識します(「収益基準」17項)。

  1. 顧客との契約を識別する(書面がなくても契約に該当する)
  2. 契約における 履行義務 を識別する(1の契約のもとで企業がやらなければならないこと)
  3. 取引価格を算定する(契約全体を通じて顧客からもらえる金額)
  4. それぞれの履行義務に 取引価格を配分する
  5. 履行義務を充足したときに収益を認識する

非常に簡単にいえば, 顧客に対して「何か」をやったときに売上を計上する ということです。これまではメインイベントである「商品を渡す」タイミングで,取引価格(契約金額)の大半を売上として計上していました。

しかし,これからは,取引価格を「商品を渡す」だけでなく,「商品を届ける」「商品を設置する」「販売後にメンテナンス・修理する」「販売時につけたポイントを使わせてあげる」「返品して欲しいという要求に応えてあげる」といったサブイベントにも振り分けて,1つ1つ収益(売上)を認識していきましょうという形に変わります。

仕訳の具体例

たとえば,お客さんに対して100,000円の防災設備を販売したとしましょう。そして,この販売にあたって1年後に無償でメンテナンスすることを約束したとします(これ以外の履行義務はないものとします)。

従来の仕訳

これまでの会計ルールでは,防災設備を販売した時点で,次のように売上100,000円を計上していました。

借方科目 金額 貸方科目 金額
売掛金 100,000 売上 100,000

「収益基準」の仕訳

これに対して,「収益基準」のもとでは,まず,顧客に対する履行義務を認識します。

借方科目 金額 貸方科目 金額
売掛金 100,000 履行義務 100,000

そして,顧客から受け取る100,000円を履行義務ごとに分けます。たとえば,「防災設備を引き渡す」履行義務が95,000円,「メンテナンスをする」履行義務が5,000円だったとしましょう。販売のときに,顧客に対して防災設備を引き渡しているのですから,「防災設備を引き渡す」履行義務に配分した95,000円を売上として認識します。

借方科目 金額 貸方科目 金額
履行義務 95,000 売上 95,000

これら2つの仕訳をまとめると,次のようになります。

借方科目 金額 貸方科目 金額
売掛金 100,000 売上 95,000
    履行義務 5,000

そして1年後,メンテナンスを行った時点で残りの5,000円を売上に計上します。

借方科目 金額 貸方科目 金額
履行義務 5,000 売上 5,000

想像される未来のビジネスモデル

従来のビジネスモデルでは「収益基準」の適用は面倒

これまで日本の企業では,1つの契約に無料サービス(企業にとっての履行義務)をたくさんつけることによってお得感を演出するというのが一般的なビジネスモデルでした(無料サービスを提供するために必要な金額も元々の商品の価格に上乗せされているので,特に「お得」だったわけでもないのですが)。

しかし,このようなビジネスモデルのもとで「収益基準」を適用しようとすると,かなり面倒なことになります。 「収益基準」では,1つの契約に含まれる履行義務をすべてリストアップし,取引価格をそれぞれに配分していかなければなりません。昔から行われていて「やって当たり前」のように思っている仕事(履行義務)をリストアップするのは案外簡単なことではありません。

また,これまで無料であった仕事(履行義務)に対して,どのように取引価格を配分したらよいかを考えることも簡単ではないでしょう。外部の業者に配送,設置などの仕事を頼んでいる場合はその金額を使えばよいのですが, 自分でその仕事をやってしまっている場合は,まずその仕事にいくらかかっているか「原価計算」を行う必要があります。一般的に,原価計算といえば製造業というイメージがあります。小売業や卸売業などでこのような仕事単位の原価計算はほとんどできていないのではないでしょうか。

「収益基準」に適したビジネスモデル

それでは,このような会計の困難さを解消するには,どのようにすればよいのでしょうか。

最も簡単な方法は,企業がこれまで「サービス」として行ってきた仕事ことを1つ1つ別々の契約にしてしまうことです。別々の契約にして,1つの契約に1つ(か2つ)の履行義務しかないようにすれば,配分の手間がほとんどなくなります。

これはイメージとしては,携帯電話(スマートフォン)の契約のようなものです。契約の基本料に加えて,通話料金,パケット使用量(メール,ネットなど),留守電サービス,アプリ使用料(課金など),請求書発行手数料などといった形で,1つ1つのサービスに値段が設定されています。携帯電話以外だと,いわゆる「オプション」料金が,サービスごとに料金が設定されている例といえるでしょう。

日本は,不景気の状態が長らく続いています。コストカットも限界に達していて,企業は値上げの口実を探しています。すでに消費増税を見込んで前倒しで値上げも始まっています。 無料サービスを有料化することは,企業の収益を増やす1つの策でもあるのです。金融機関がこれまで無料で行っていたサービスについて手数料をとるようになったり,また,環境保護名目ではありますが,小売業で持ち帰り用のビニール袋が有料化されたりしていますね。

露骨に「会計基準が変わったから」という理由では顧客に対する説得力がないので,何か他の理由が使われるとは思いますが, 「収益基準」は無料サービスを有料化させる引き金になる可能性もある のです。

悪いことばかりでもない―真の「同一労働同一賃金」の足がかりとして

このような無料サービスの有料化は,必ずしも悪いことばかりではないと思っています。それは, これまであまり意識されていなかった仕事についても,企業がその価格(金銭的な価値)を意識していかなければならなくなる からです。

日本では,この数年来「同一労働同一賃金」が謳われています。しかし,企業で行われる仕事単位で「何に,いくらかかっているか」がほとんど集計されていない現状では,どの「労働」に対してどのような「賃金」を支払えばよいのかを判断できるようなデータが企業に蓄積されていません。このような状況では,「同一労働同一賃金」といっても賃金を切り下げる(正社員の給料を非正規社員の給料にあわせて引き下げる)口実にしかならないでしょう。

2021年から始まる「収益基準」への対応として,このような個々の仕事についての原価計算の仕組みが各社で作られていくようになると, 会計データの重要性が再認識される ことにもつながるのではないでしょうか。「原価計算」は,その仕事を行う部門や人材の評価にも直結する可能性があるのですから。